2026-09-21
親戚とか分野の離れた友達と話していてAIの話になると、どのくらい仕事が代替されているかを論じることになる。その際に半分冗談で「僕の仕事は上司に対して胸を張ってこれで、というだけです」と述べることがこの頃は多い。実際のところどうなのかというと、おそらくまだその域には達していない。特にAIによって代替されていると感じている障害対応の打率を調べたところ、実はまだ半々だったみたいだ。そういうわけで僕が胸を張ってこれでというためにはAIとの間でなんらかのやりとりを僕がして、マジカルな調整をする必要がある。そのマジカルな部分で労働の価値を生み出している。
マジカルな部分はできる限り無くしたいものであるのだが、コンテキストとケイパビリティを与える以外にエージェントの能力を発揮するためにやるべきことは僕にはないかと思っている。エージェントの能力を高めることはエージェントプロバイダとかソフトウェアエンジニアリング研究者の仕事であって、僕がそこに手を出すのは勝手だが成長分野のプロバイダに任せるだけで十分有用な結果を得られると思う。
あまり簡単なプロダクトをあれこれするための人間は不要になって、ある程度複雑なものを理解して変更の内容や影響をやはり理解した上で、それを活用する能力はプロダクトを用いる人間の営みを遂行するために必要だと思う。そんな営みすらそもそもいらなくなるかもしれないが、それはディストピアっぽいのでないんじゃないかなあ。なんも理解していない人が大事な物事を不可逆に変える世界は来ないと思うので。そういうことをする必要のある人間がどんどん減っていって、僕がその役割から追い出される可能性は多分にある。なのでそれに備えて能力を高めるのが良いのだろう。
ところで、ソフトウェアエンジニアリングの研究というのは、AIエージェントを作ることと同義になるだろうか。これまでは人間が絡むものであり、その営みをなんとか上手に進めるためのプラクティスを考えて評価して良い手法を探し求めていたように思う。AIエージェントによって人間を代替できるようになったので、じゃあ手法とか言っていないで実際に良いものを作ればいいじゃない、その方が早かろうということにならないだろうか。それをするのは大学にはヘビーすぎる?でもスパコンを作る企業もあるが大学もあるのでやはりAIエージェントを作る企業と大学があっても良いのではないかと思う。国家プロジェクトとしても。
スパコンの例を出したけど、交通工学とかの方が近い?